難陀の発心<下>
難陀の発心<下>(なんだのほっしん)
前回のあらすじ
お釈迦さまの導きにより仏道修行をはじめた難陀ですが、最愛の妻・孫陀利のことが忘れられません。ある日、こっそりと教団を逃げ出したところを、お釈迦さまに見つかっ てしまいました。
難陀が前を向くと、そこに体じゅう瘡蓋だらけのきたないメス猿がいました。
「難陀よ、あのメス猿と孫陀利と、どう違うかね」
「ひどいことを・・・。比べようがないではありませんか」
「ふむ。では、お前をいいところへ案内してあげよう」
そう言ってお釈迦さまは、難陀とニ人、雲の上の天上界へ昇っていきました。
そこは黄金の天華が咲きみだれる、まばゆいばかりの世界です。行き交う天人はみな神々しく輝き、男女が手を取りあって遊び戯れておりました。
その中に、ひときわ美しい天女が、一人さみしくたたずんでいます。
「どうしてあなただけは、一人でいるのですか」
「私には夫がいないのです」
難陀はすっかりひとめぼれ。その場で結婚の約束を交わしました。
天女と結婚するためには、天上界に生まれなければなりません。難陀は孫陀利のことをすっかり忘れ、修行に精を出すようになりました。
何ケ月か過ぎたある日のこと、お釈迦さまが難陀のもとを訪れました。
「こんどはお前に地獄の世界を見せてあげよう」
するとたちまち、難陀の目の前に地獄のすさまじい光景が現われました。血の 池、針の山、燃え盛る炎、その中をうごめく亡者たちの叫び声・・・。難陀が前を見ると、地獄の獄卒が空っぽの檻を取り囲んでいるのが見えました。
「もうすぐ天上界から難陀という男が堕ちてくる。ひっっかまえて、この檻に閉じ込めるのじゃ」
獄卒たちが恐ろしい声でそう叫んでいます。
難陀は気を失いそうになりながら、お釈迦さまの声を聞きました。
「難陀よ、天上界といっても苦しみの世界、六道のうちなのです。そなたが天上界に昇る前から、その先には地獄が待っている。六道の苦しみを抜け出るには、まじめに仏道修行をする以外にないのです」
それから、難陀は修行をまっとうし、立派な仏弟手になりました。