むかし、一人の修行者が乞食をしながら、珠に穴をあける仕事をしている職人の店のまえに立ちどまりました。
そのとき、職人は、国の王さまからの注文で、 摩尼珠※(まにしゅ)に穴をあける仕事をしていました。店のまえに立った修行者をみた職人は、仕事の手を止めて、お布地の品をととのえるために、奥の部屋に入っていきました。
修行者が目をつむってお経をとなえていると、ガーガーという鵞鳥のなき声がします。ハッとして目をひらくと、もうそのときは、鳥がくちばしをひらいて、エサとまちがえてアッとおもうまに、珠をのみこんでしまったのです。
職人は修行者にあげるお供物のお米を器にもって奥の部屋からでてきましたが、さっきおいていった、だいじな珠がなくなっているので、ギョッとしました。そしてものすごい顔をして、
「タ、タマをどこにやったんだ!」
と修行者をにらみつけました。
修行者は困ってしまい、なんと答えていいかわからず、だまっていました。
「おまえだろう。だいじな珠を盗んだのは!」
といって、職人は、そばの棒きれをふりあげると、さんざんに修行者をぶちました。
痛くてたまらないのですが、修行者は、 ひとこともしゃべりませんでした。
「鵞鳥がのんでしまったんだよ」
と言えばよいのですが、そうすると職人は鳥をつかまえてころし、おなかをさいて、珠をとりだすにちがいありません。
修行者は、今までいっしょうけんめい仏の道を修行してきましたか ら、 トッサに鳥のいのちを助けてやろうと決心していたのです。棒でうたれて、血だらけになりながら、ジッといたみをがまんして、口のなかでお経をとなえていました。
そのうちに、おこって、まっかになって棒をふりまわしていた職人のかおが、だんだん青くなると、そのうちに棒をほうりだして、
「助けてくれ、かえしてくれ!あの珠がなくなったら、オレのいのちがなくなる。王さまのけらいにころされる。 ワーワー……」
と泣きだしました。
これをみて、修行者もおどろいて、うろたえました。 自分は血をながしても、 鳥を助けることができればよいと、かんがえていました。しかし、職人のいうように、このまま珠のゆくえがわからなければ、職人はきびしくしかられ、おそらく王さまの命令でころされてしまうでしょう。
鵞鳥をた助ければ、職人が助かりません。 職人を助ければ、鵞鳥が助からないのです。 修行者は、鵞鳥を助ければいいということだけを考えて、このことに気がつかなかったのです。
ちょうど、そこへ、さっきの鵞鳥が店先にはいってきて、修行者の流した血をくちばしでつつきだしたので、職人は腹をたてて鵞鳥を棒でなぐりつけたのでたまりません。鵞鳥はコロリと倒れて死んでしまいました。
ふたりは、だまって顔をみあわせていましたが、修行者がは じめて、口をひらきました。
「じつは、珠はわしがとったのではなく、その驚鳥がのんでしまったのじゃ。 わしは、その鵞鳥のいのちをすくってやろうとおもってだまっていたのだが、そなたがころしてしまったので、その願いもはたせなくなってしまった」
そういわれて、職人が、鵞鳥の腹を裂いてみると、さっきの珠がでてきたので、 職人はほっとして、修行者にむかっていいました。
「ほんとうにすまないことをしました。 これで、わたしのいのちは、助かりました。しかし、あなたをさんさんぶつなんて、とんでもない罪をつくってしまいました。 もし、あなたがほんとうのことを教えてくれたら、 こんならんぼうなことはしないですんだでしょうに」
修行者は、鵞鳥をたすけようとして、だまってぶたれたことが、あぶなく職人のいのちをうばうことになり、そのうえ、職人に修行者をぶつ罪をつくらせたことのあやまりを、あらためておもい知らされたのでした。
そして、修行というものは、つくづく難しいものだと、そのとおい道を思ったのでした。
※摩尼珠
うつしく清らかで、悪いことを追いはらい、災いを避けることができるといわれる徳のある珠