お釈迦さまのお弟子に摩訶槃特(まかはんどく)という人がいました。 摩訶槃特には、ひとりの弟がいました。 生れつきもの覚えが悪く、須梨槃特(すりはんどく)という自分の名前を覚えるのに、三年もかかってしまうほどでした。でも、とても素直でまじめな人間でした。
ある日のこと、自分もお釈迦さまのお弟子になりたくて、兄さんからお願いをしてもらいました。お釈迦さまは、
「ああ、よいともよいとも。しばらくお前の手もとにおいて、いろいろと教えてあげなさい」
とおっしゃいました。これをきいた須梨槃特は、小躍りして喜びました。
兄は弟にいろいろなことを教えますが、少しも覚えません。 それでも、辛抱して教え続けました。三年たってもまだ何も覚えることができません。 しまいに兄は腹をたててしまいました。
「お前は、とてもお釈迦さまのお弟子にはなれない。あきらめて家にかえりなさい」
といって、弟を追いだしてしまいました。
「ああ、なぜ自分は、もの覚えが悪いのだろう」
と、弟は泣きながら出ていきました。お釈迦さまは、どんなにとおくても耳がきこえる、不思議なおかたです。
「おやおや、だれかが泣いているぞ。あれは槃特ではないか、うむ、いったいどうしたというのか……」
お釈迦さまは弟を呼んで聞きました。
「これこれ須梨槃特よ。どうしたのだ。なぜ泣いているのだ?」
「あっ、お釈迦さま。わたくしが、少しも物を覚えないので、お前のようなものは、お弟子にはなれないといって、兄さんに追い出されたのです」
弟はまた泣きだすのでした。
「そうか、そうなのか。 よしよしもう泣くのはよしなさい。 そうだ、いいことが ある。さあ、こちらへきなさい」
お釈迦さまは、ご自分の部屋へ弟をつれていかれました。
「さあ須梨繁特よ、ここに一本のホウキがある。これをお前にあげよう」
「あのう、これで掃除をするんですか?」
「そうだ、このホウキで、まいにちまいにち掃除にはげみなさい。どうだお前にできるかな」
「はい、難しいことはわかりませんが、掃除ならわたくしにもできます」
弟はうれしそうにこたえ、大きなホウキを肩にかつぎながら、家にむかいました。
「これこれ、須梨槃特!」
みればこわい顔をした兄さんです。
「なんだ兄さんか」
「なんだとはなんだ。 家に帰れといったのに、まだいたのか。ホウキなんかもってなにをしている?」
「このホウキはね、お釈迦さまからいただいたのですよ」
「なに、お釈迦さまから?」
「そうですよ、今日からお釈迦さまの掃除がかりです。兄さんもまごまごしていると、掃きだしますよ」
「おや、生意気なことをいうやつだ」
「生意気なことがあるものですか、私はお釈迦さまのお弟子になったんです」
兄は、なにがなにやらわけがわからず、首をかしげていました。
それからの須梨槃特は、そのホウキを持って、まいにちまいにち掃除にはげみました。そうするうちに、なんとなく掃除のわけを考えるようになりました。
(なんのために掃除をするんだろう、きれいにするために掃除をするんだ)
(どうすればきれいになるんだろう、ゴミをとればきれいになる)
(ゴミってなんだ、紙くずだとか、枯葉だとか、石ころだとか、たくさんあるぞ)
(お前の心にゴミはないか、あるある、いっぱいあるぞ。欲もあるし、わがままもある。みんな心のゴミだ。それをとるのだ)
(そのゴミをとるにはどうすればいいのだ。あっそうだ、智恵【信ずる心】のホウキではきだすのだ。 ぱっぱっぱっとはきだすのだ )
(わかったっ、わかったぞこれだ!)
いきなりホウキを投げ出し、お釈迦さまのもとへすっとんでいきました。
「どうした、須梨槃特よ」
「お釈迦さま、わかりました、やっとわかりました」
「どうわかったのか」
「智恵のホウキで心のゴミをはきだします」
「そのとおりだ。よくわかったね。 これからも、せいをだしてはげむんだよ」
それからの須梨槃特はせっせと掃除にはげみ、心のゴミをはきだして、兄さんに負けないえらい人になりました。