お知らせ

カメと恩しらずの男

 はるか水平線には入道雲がモクモクと頭をもちあげ、空にはお日さまがこれでもかとばかり、まっ赤な顔をして海辺の砂を焼いていました。

 その日ざしからのがれるように、ひとりの長者がひっそりと木かげにたたずんでいました。

 

 そこへ、まっ黒に日焼けした漁師が、手に一ぴきのカメをぶらさげて通りかかりました。よく見ると、カメは傷ついて、あきらめたように目を閉じています。

 哀れに思った長者は、

「そのカメをわたしにゆずってくれないか」

と、声をかけました。

「高く買ってくれるならよいが、さもなければ、煮て食うばかりだ」

と漁師がいうので、長者はたくさんのお金をはらって、カメを家にもってかえり、傷を洗い薬をつけて、海へはなしてやりました。

 

 ある日のこと、トントン、トントンと長者の門をたたくものがあります。 みればいつか助けたカメでした。

「わたくしは海のなかに住んでおりますので、海のことはよく知っております。まもなく、大水がせまってきます。 はやく船のしたくをしてください。 わたくしが、安全なところまでご案内しますから」

 長者は、 おどろいて海を見わたしました。 空はうす暗くなり、みるまに水がふえてきて、人も動物たちも、あわてふためいています。

 長者は、カメのみちびくままに、船を大水のなかへこぎだしました。

 

 そのとき、一ぴきのヘビが、おぼれそうになっているのをみつけました。

「そのヘビを助けてやってくれ」

長者が叫びましたので、カメはそばに泳ぎつき ヘビを船のなかにひきあげました。 また一ぴきのキツネが助けをよんでいます。

「あれも助けろ」

長者の声にカメはキツネを助けあげました。

しばらくいくと、彼に押し流されながら、ひとりの男が両手をあげて、

「助けてくれ!…助けて!…」

アップアップしながら叫んでいます。

「カメよ、あの男も救うてやれ」

 長者が大声をかけましたが、なぜかこんどはカメは首をふりながら、

「だめです。 人間ほどいつわりの多い者はありません。自分ののためには、人を平気で裏切ります。 お救いにならぬほうがよろしいと思います」

「なにをいう。 おまえは動物たちを助けた。 わたしは人間を救わなければならぬ」

 カメは後悔するようなことがなければよいが、とつぶやきなから男を救いあげました。

 

 やがて安全なところにつき、ヘビもキツネも、とてもよろこびなから去っていきました。

「ここまでくれば大丈夫です。 わたくしも、これでおいとまをいたします」

 カメも海へ帰っていきました。 男はゆくところがないので、長者とともにみんなを見おくりました。

 

 長者とわかれたキツネは、古い穴をみつけて、そこに住むことにしました。みると奥のほうでなにかキラキラと光っています。よくみれば山のように積まれた金です。びっくりしたキツネは、いまきた道をとんでかえり、長者にいました。

「私が住もうとした穴の中に、宝を見つけました。 だれのものでもありません。 助けていただいたお礼に、どうぞ天からの授かりものとして、受けとってください」

 長者はためらいましたが、しかし捨てておいても無駄になってしまいます。むしろ大水で困っている人にしてあげようと考えて、キツネとともに黄金をひろいだしました。

 

 これをみた男は、

「わたしに半分よこせ」

というので、長者は、

「人びとは、この大水で大へんに困っている。 わたくしは決してこの黄金を自分のものにしようとは思っていない。みんなに分けてあげるのだ。お前にもわけてやるが、お前だけ多くやるわけにはいかない」

「長者は穴の中から黄金を盗ったのだ。 半分よこさないと、役人に訴えてやる」

 男は、さきに救われた思を忘れて、ついに役人に訴えました。 長者はとらえられ牢獄にいれられましたが、なにひとついいわけはしませんでした。ただ仏さまを信じて、みんながよい心に目ざめるように祈っていました。

 

 このことを聞いたヘビとキツネは、

「どんなことがあっても、長者を助けよう」

と思いました。ヘビは牢獄に忍びこんで長者にいいました。

「長者よここに薬があります。毒ヘビの毒を消す薬です。 もし毒ヘビにかまれて、命のあぶないものがあれば、この薬をあたえてください。 そうすればあなたも救われます」 といって、ヘビは薬をおいていきました。

 

 その日のこと、その国の太子が 一匹の毒ヘビにかまれ、すでに毒が全身にまわり、国中が大さわぎになりました。

「だれか太子を助けてくれるなら、のぞみどおりの褒美をとらせるぞ」

王さまは国中に呼びかけました。これを耳にした長者は、ヘビのいったことを思いだし、その薬をさしだしたところ、太子はたちまちに元気をとりもどしました。王さまは大へんによろこび使者をしだして、

「なぜ牢獄につながれているのか?」

とたずねました。 長者は今までのことを正直にいいました。それを聞いた王さまは、

「恩をしらぬ男のいうことを信じて、あなたのような善良な人を罪にしようとした。これは役人の過ちである。わたくしがあやまる。ゆるしてくれ」

 王さまは、こんごは恩知らずの男をとらえて罰し、長者にはたくさんのご褒美を与えました。ヘビは体をクネクネとゆすり、キツネはコンコンと声をあげてよろこびました。