木枯らしが、ヒューヒューと思いだした。ようになきだし、山のいただきは、はずかしそうに、うすく雪化粧をはじめました。
ふもとでは、取り入れのすんだ田んぼが、ひまそうに時のながれをまっています。ここは山に囲まれて、 遠く一本の道だけが町につづいている、まずしい山村です。
人びとは、冬のしたくに、せっせとマキをあつめ、夜はひっそりと息をひそめて暮らしていました。 空には、一羽のカラスが、エサをもとめて低くとんでいます。
それをみていた一人の少年がいました。その目は、雲のすきまからはるか遠くをみつめ、とてもきれいにすんでいました。
少年には大きな夢があり、大人になれば 都へでて役人になり、お母さんを楽にしてあげようと思っていました。
少年は、朝は早くから田んぼをたがやし山でマキをあつめ、暮れてから、家にかえってきます。
夜は、わずかなあかりでまずしい夕食をすませ、母をさきにねかせて、自分は勉強にはげみました。
ところが、 夜がだんだんとふかくなると、眠気がそっと闇のなかからしのびこんできます。自分で自分の頭をたたき、眠気を追い払おうとしても、眠気はぴったりとくっついてはなれず、気がついたら朝をむかえていました。
つぎの夜も、またつぎの夜も、いつのまにか、机にうつぶせになっていて、目をさませば朝になっていました。
ある夜のこと、このようすをみて、かわいそうに思った仏さまは、なんとかして眠りからきましてやろうと思い、まず空から「ワッハハハハ」と高笑いをしました。
けれどもすっかり眠りにおちた少年には、虫のなき声ぐらいにしか聞こえず、いっこうに目をさましません。 こまった仏さまは、やがて、あることを思いつきました。
「あぁ、これっ、これ少年よ。 それ!そこに大きなヘビがいるぞ!」
と、大きな声でさけびました。それを聞いた少年は、ハッと目をさまし、あたりを見まわしましたが、それらしいヘビはどこにもいません。 ほっと安心した少年は、気をとりなおして机のまえにすわりなおしました。 しかし眠気はまたおそってきます。
少年はうとうとして、夢をみました。
インドに金色王という王さまがいました。
都にはおおぜいの人がすみ、みんな豊かな暮らしをしていました。 王さまにはたくさんの家来がいて、なかでも七人の大臣が、とてもかしこく、王さまを支えていま した。
国がさかえ、ゆたかな生活をおくれるのも、このかしこい大臣たちの働きであると、人びとはみんな尊敬していました。
ある日のこと、ひとりの大臣が、家来をつれて見まわりにでかけました。人びとの平和な暮しをみて、満足した大臣は、安心して、森の木陰でひと休みしました。 春のやわらかな日ざしがいつのまにやら眠りにさそっていきました。
どのくらい眠ったのか……
「あっ、これっ、おいっ、おい少年よ。早く 目をさませ、大きなヘビが。 それっ、それ、近よってゆくぞ」
という大きな声が聞こえました。 とびあがるほどおどろいた少年は目をさまし、あたりを探しましたが、もう逃げたのか、どこにもいませんでした。
「あぁ、自分は大臣になった夢を見ていたのだ。これはきっと正夢だ。ねむっている場合ではないぞ」
と少年は、ふたたび机にむかいました。
しかし、眠気は手をかえ品をかえ、眠りに誘います。 これはだめだと思った仏さまは、大声で、「あっ、大へんだ。ひざの上にヘビがはいのぼったぞ。目をさませ。 はやくは
はっと目をさました少年は、さっととびのいて、あたりを見ましたが、ヘビの姿はどこにもみえません。 とうとう腹をたてて、
「ヘビだ、ヘビだとさけんでも、どこにもいないじゃないですか、仏さまともあろう方 が、ウソをついていいのですか?」
「なんのなんの、ウソをつくものか。お前の探し方が悪いのだ。 それっ、そこにいるではないか」
「えっ、どこに?...」
「 まわりではない。お前の心のなかだ。一匹どころか、二匹も三匹もいるではないか」
それを聞いた少年は、わけがわからず、しばらく考えていましたが、はっと気がつきました。
自分の勉強をさまたげるのは、ほかでもない自分自身なのだ。 自分の意志の弱さがそうさせるのだ。少年の日はかがやきました。それからは、少年は、自分の心をひきしめ、きちんと計画をたてて、勉強にはげむようになりました。
きっと、りっぱな大人になって、人のためになる役人になり、夢にみたかしこい大臣になることでしょう。