春です。 お城では王さまが手を高くあげ「うーん」と、日ざしをいっぱいにあびて背のびをしています。この国はとても平和で人びとは幸せに暮らしています。
ある日のこと、王さまは姿をかえてそっと城の外へぬけだしました。
ここは街はずれの小さな履きもの屋さんです。なかではおじいさんが背中をまるめ、小さくなって仕事をしています。足をとめた王さまは、 やさしく声をかけました。
「じいさん精がでるね」
顔をあげたおじいさんは、
「ああ、いいお天気だなぁ……」と、おもい腰をあげました。
「じいさん。世のなかで一ばん楽なのは誰だろうな」
「そりゃあ、いうまでもなく王さまじゃよ」
「王さまだって思ったほど楽ではあるまい」
「いや、たくさんの家来や、美しい侍女たちにかこまれて、なんでも王さまの心のままになる。こんな楽な商売はありませんや」
「なるほど、聞いてみればもっともだ。じいさんのいうとおりだな」
王さまは、とぼけていいました。 そして、持っていたぶどう酒をおじいさんにすすめました。いままで飲んだことのないお酒に、すっかり酔ったおじいさんは眠ってしまいました。
王さまはおじいさんをお城に運ばせ、家来や侍女たちにいいました。
「よいか、このじいさんは、世のなかで王さまが一ばん楽だというから、たわむれに王の服をきせ、私の仕事をやらせてみようと思う。 みんなさとられないように……」
と、いろいろ注意をあたえました。
やがておじいさんは、眠りをさましました。見れば自分は立派な椅子のうえに座り、王さまの服を着ています。これはどうしたことだろうと、目をぱちくりしていると、そこへ侍女があらわれ、
「王さまは、長いことお眠りだったので、お仕事がたくさんたまり、大臣たちが困っています」
すっかりその気になったおじいさんは、さっそく大臣たちからいろいろと話しを聞きますが、なにを聞いてもわけがわからず、頭が痛くなり身体は疲れてきて、ウトウトと居眠りをはじめました。
侍女はまじめな顔でいいました。
「王さま、たいそうお疲れのようですが、どこぞご気分でもすぐれませぬか」
「いや、夢をみてたのじゃ。 わしが履ものをつくっている夢じゃ。そのとき働きすぎたので、いま疲れがでてきたのであろう」
侍女たちは、お腹をおさえて笑いをこらえました。おじいさんは、自分は王さまなのか、履きもの屋なのかわからなくなり、思いふけっています。
侍女は、なおもまことしやかに、
「王さまは、ご気分がすぐれませぬようじゃ。 みんな歌っておどっておなぐさめをしましょう」
おじいさんはお酒を飲むうちにだんだんとよい気分になり、ふたたび酔って眠ってしまいました。
家来たちは、王さまの服をぬがせて、もとの履きものやのにそっとつれて帰り寝かせました。
それからしばらくたって、王さまはおじいさんの家をたずねました。
「じいさん元気でやっているかい」
「いや、いつかはお前さんの酒をすっかりごちそうになって、眠ってしまったようじゃ。 そのとき王さまになった夢をみましてな。 おおぜいの大臣からむつかしいことを聞かされて、すっかりまいりましたよ。 おかげで今でも身体じゅうがだるくて仕事もできませんや。夢でさえこうなんだから……もう王さまになるのは、いやあ、もうこりごりじゃよ」
みんなそれぞれの苦労があることを知ったおじいさんは、さも疲れたように手足をのばし、空を見あげて大きなあくびをしました。
お日さまも「そのとおりだよ」とうなずいていました。