夏もおわりをつげ、 人恋しい秋の夕ぐれどき、まっ くろに日やけしたひとりの若ものがある城下町をとおりぬけようとしています。
国にのこしてきた、まだみずみずしい女房のもとへ、夕日を背負いながら元気な足どりであるいています。若ものの国の王さまは、とてもりっぱな王さまです。
ある日のこと、家来の若者に、
「いまこの国は戦争もなく、国民たちもしあわせに暮らしている。しかし、自分の国にいて思っているだけで、よその国へいけば、もっとよい国があるかもしれない。そこでおまえにたのみがある。これから、いろいろの国をまわり、わが国になくて、しかもそれが国のためになるものがあれば、いくら高くてもかまわぬ、買ってきてもらいたいのだ。わしはそれによって、ますます国民のしあわせはかりたいとおもっている」
若ものは、さっそく家にかえり、女房にわけをはなし旅のしたくをさせました。
「よいか、わしが留守のあいだ 過ちのないようによっているのだぞ」
と、別れを惜しみながら、国をあとにしました。ちょうど夏のはじめごろでした。
その夏もさり、秋がきましたが、もとめるものはどこの国にもみあたらず、そこでやむなく国へ帰ることにしました。
城下町のなかほどまできたとき、小さな店がありました。商品らしいものもなく、中をのぞくとひとりのおじいさんが、つくねんとすわっているのが目にはいり、なんとなく気にかかりました。
「ごめん、ここはいったい何を売っている店なのか」
とたずねたところおじいさんは、
「はい智恵を売っております」
ほう。こいつは珍しい。 これはまだ自分の国にはないものだとおもい
「ところで、その智恵はいくらで売るのか」
「さよう、五百両のお金をそろえてくだされば、いますぐにでもお売りいたします」
それをきいた若ものは、お金はいくら使ってもよい と、王さまからいわれているので、買うことにしました。
おじいさんは、
「はいはい、ただいまお渡しいたします」
といって、次のことばをいいました。
「ものごとは、ゆっくりかんがえ/はっきりと道理をみきわめて/いたずらに、 をたててはいけない/たとえ、いまはいらないとおもっても/いつか、かならず役にたつだろう」
という、短いことばでした。「なんだ、こんなものか。こいつは少し高すぎた」 と思いましたが、いまさらやめるわけにはいきません。若ものは、このことばを忘れないように、なんども、なんども頭のなかでくりかえしおぼえました。
やっと、家にたどりついた若ものは、ふと足をとめ ました。いつもとようすがちがいます。 いつもは、若ものの足おとで女房がとびだしてくるのです。 それなのに 女房はすがたをみせません。ふしんにおもいながら、中にはいろうとしてはっとしました。そこにはみなれぬ履きものがぬいであります。とたんに若ものの胸は、むらむらと怒りがこみあげてきました。
「うぬ!こともあろうに、おれの留守をさいわいにほかの男をまねきいれ、遊びふけっているとはなにごとか。よし、どうしてくれるかおぼえていろ」
と、目をつりあげて家のなかへとびこもうとしました。そのとき「まてよ、五百両で買った智恵は、こんなときに役にたつのではないか」とおもい、買ったことばを口のなかでくりかえし、心をしずめて女房のところへいきました。 みれば、女房は床にふしてています。 夏がすぎ、秋になっても便りがなく、淋しさのあまり食欲もすすまず、とうとう病気になってしまったのです。 そこで里のお母さんにきてもらい、世話をうけていたのです。「うむ、あれは、お母さんの履きものだったのか」と気がつくと、いきなり庭へとびおり、
「わぁ、安い、安い。おれはこんな安い買いものをしたぞ……」
とこおどりしながら、大声でさけびしました。びっくりした女房はわけをたずねると、
「もし、五百両であの智恵を買っていなかったら、おれはたいへんな過ちを犯すところであった。お前の千万両出しても買えない命を、あやうく失うところだった。こんな安い買いものはないではないか」
と、ふたり手をとりあい、しっかりと愛をたしかめあったということです。