瓶のなかの自分
ある村に、とても仲のよい夫婦が幸せにくらしていました。 毎日まいにち二人のあいだには、甘いささやきの絶えまがありませんでした。
ところがある日のこと、夫は妻に倉のなかの瓶からブドウ酒をくんでくるようにいいつけました。夫から用事をいいつけられることが、また、とてもうれしく倉へいそいそとでかけました。
瓶のふたをとり、ブドウ酒をくもうとして、なかをのぞいたとき「あっ」と声をたてました。 なんと瓶のなかに天女を思わせるようなとても美しい女がかくれていて、じっとこちらを見つめているではありませんか。
一瞬、妻の心に怒りの炎がもえました。そのまま髪の毛をふりみだし、まっしぐらに夫のところへとんでかえり、その胸をつかんて叫びたてました。
「ああ、くやしい。あなたという人はよくも私にかくしてあんな人を…あんな人をかくしてるなんて、なんてひどい人……ひどい!ひどい!」
夫はとつぜんのことで、なんのことかわからず、理由を聞いてもなだめても、女はおさまりそうにありません。 「どうもおかしい」と思って、とにかく倉のなかに入り瓶のなかをのぞきました。「ややっ」 たしかに人がかくれていましたが、妻のいう女ではなく、これはまた、世にも美しい青年でありました。
それを見た夫の胸は、はりさけんばかりに荒れくるい、 妻にいいました。
「なにが女だ。おまえこそ男をかくしておきながらなんてことだ。盗人たけだけしいとはこのことだ…」
さあ大変、二人はつかみあいのけんかをはじめました。そのうちに疲れて、背中あわせに座りこみました。でも二人はなっとくできません。 そこで村の長老さまをまねいてわけを話しました。さっそく長老はくだんの瓶をのぞいてみると、すでにそこに長老がいるではありませんか。
「うぬ、自分たちの気にいった長老をかくしておきながら、いいかげんなけんかをして、よくもおれに恥をかかせたな・・・・」
と、かんかんに怒ってかえりました。
つぎに訪れたのは、この村の人たちにとても慕われている、やさしくて美しい尼さんでした。うわさを聞いてすててもおけず、わざわざやってきたのです。夫婦から話をきいて それでは「たしかめてみましょう」と倉のなかに入り瓶のなかをのぞきました。
「まぁ…」
みれば、自分に負けないくらい美しい尼さんがいるではありませんか。 これまた「だまされたか」と、美しい顔にしわをよせ、腹をたててかえってしまいました。
こうなると、わけわからないのは若い夫婦です。二人はあれいらい「ツン」として、にらみあっていますが、もともと好きでいっしょになった二人です はやく仲なおりをし たくてムズムズしています。
ある日のこと、一人のりっぱな人がが、一夜の宿をもとめてやってきました。 みれば夫婦のようかなんだか変です。
「いったいなにがあったのですか?」
と、夫婦からしじゅうを聞きました。聞きおわって倉のなかに入り、 もんだいの瓶をのぞきました。 みれば自分がうつっています。 にっこりとうなずいて、さっそく二人を呼びました。
「いまから私が瓶のなかの怪しい奴をとりだしてあげるから、よくみておいで」
というが早いか、そこにあった石をとりあげて、あっというまに打ちつけて瓶を壊してしまいました。お酒はブドウの香りをあたり一面ににまき散らしながら、床のうえに流れました。あやしい奴の姿はどこにも見あたりません。夫婦はやっと自分たちの愚かさに気がつきました。
ブドウの表面がかがみのようになって、のぞく人の姿をうつしていたのです。
それから二人は、人もうらやむ仲のよい夫婦として、一生を送りました。