放浪する少年
肩にかついだ竿のさきに、小さな荷もつをくくりつけた少年が、あかるい初夏の日ざしにそむくようにあるいています。 ほそい道は山にかこまれ、そのあいだをぬいながら、まるでおわりがないようにつづいています。少年は世話になった友だちの家を、いまだまってとびだしてきたのです。
少年のお父さんは、とてもえらい役人でした。お父さんの子どものころは、とても貧しかったのです。でも、お父さんはがんばりました。 わずかな小づかいをためては本を買い、一生けんめいに勉強したので役人になることができたのです。そのお父さんは少年が三歳のころに亡くなりました。少年には兄弟はなく一人っ子です。お母さんはいいました。
「いいかい、よくお聞き。お父さんはとてもりっぱな人だった。お前も大きくなったらお父さんのように、たくましくてえらい人になるんだよ……」
いつもいつも少年にいって聞かせました。お母さんは自分が小さいころ、親からしてもらえなかった、またできなかったことを少年にしてやろうと、一生けんめいにはたらき塾にもかよわせました。少年はお母さんのいいつけどおり、本をよみ塾にもかよいました。そのかわり友だちができなくて遊んだことはありません。ただ一人だけ仲のよい友だちがいました。両親と姉と弟にかこまれた友だちはとても楽しくて幸せそうでした。
その友だちもとおい街へうつり住んでゆきました。少年はさびしくてなりませんでした。ちょうどそのころから、お母さんが病にたおれ、わずかばかり床について、亡くなってしまいました。少年が十四歳のときでした。
途方にくれた少年は、なにをしてよいのかわからず、迷路に迷いこんだようでした。だって、いままで自分で考え自分で行動したことがなかったのです。だから自立できないのです。
近所のおばさんが、いつまでも家に閉じこもっている少年を心配して、たびたびたずねてくれました。
「どうしているの? ご飯は食べているの。なにかもってきてあげようか」
「…………」
「男の子でしょう。 いつまでもぐずぐずしていないで、さあ、元気をだすんだよ」
といわれても、どのように答えたらよいのかわかりません。むしろ他人から自分をみつ められるのが、とても苦痛になってきました
ある日のこと、自分についてまわる他人の目からのがれようと、とうとう家を捨てて放浪の旅にでました。はじめて自分で考えた自分の行動でした。
街から村へ野宿をくりかえす生活です。 仕事をみつけても、長くつづかず転々としています。いままで他人とまじわったことがないのでとても怖いのです。だから、だんだんと人をさけるようになりました。
ある街で、とても仲のよかった友だちにばったりとであいました。友だちは
「そうか大変だったんだね。とにかく家においでよ。お腹もすいているだろう…」
友だちの家族はとてもあたたかくて親切で、家族とはこういうのかとはじめて知り、とても感謝していました。でも心のなかでは、自分を厄介ものに思っているのではないかと悩んでいました。
ところがある日のこと、友だちが少年の仕事をさがしてきてくれました。
「よかったね、仕事がみつかって·······」
家族が声をそろえて喜んでくれました。
少年は、やはり自分は厄介ものなんだ。 この家に長くいてはいけないのだと、友人の心を素直にうけとれず、夜の明けるまえにそっと家をでて、また放浪生活にもどりました。
荷物をくくりつけた竿をかついだ少年は、やがて小川のほとりにたたずみました。 のどをうるおし、じっとを流れをみつめています。心のなかもみつめています。 だれに教わったわけでもないのに、水は岩があればさからうことなく、右と左にたくみにさけながら、また一つになって流れてゆく。川幅もやがて大きくなり、 はてしない広い海を目ざして流れてゆく。 お父さんお母さんの顔、友だちとその家族のあたたかい思いやり、走馬灯のようにうかんできます……
少年は立ちあがりました。その目は初夏の日ざしのように明るく、そうです、自立心に目ざめたのです。 空には鯉のぼりが、お腹いっぱいに風をすって泳いで います。
まるで少年のようでした。