むかし、ひとりのすこし智恵のたりない男がいて、人のものを盗んでは遊びにふけっていました。 しかし、何といっても馬鹿であったため、街の人びとは相手にしませんでした。
あるとき男が街を歩いていると、
「お経のなかには、天女のまばたきはとてもおそく、人間はとてもはやいと説かれてあります」
と、説いている坊さんの声が、聞くともなしに耳にはいりました。しかし、もともと馬鹿であるため別に意にもとめませんでした。
ある日のこと、この国のお城の塔の上にすばらしい宝の珠がかざりつけられていることを知りました。 よろこんだ男は、その夜さっそくよじのぼって、その珠を盗んでしまいました。
朝になってこのことをしった王さまの怒りはたいへんなものでした。なんとかして犯人を探しだし、罰をあたえようと国中にお布れをだしました。しかし、なかなか犯人はつかまりません。
このとき、ひとりの大臣が王さまにいいました。
「この国はとても平和で民たちも豊かに暮らしております。悪いことをするものはいないはずなのですが、ただひとりだけ智恵の足りない男がいます。きっとその男のやったことにちがいないと思います。しかし、何といっても馬鹿のことですから、つかまえてみても正直に白状するとは思われません。 そこで……」
と、王さまの耳になにやらささやきました。
「うむ、それは名案だ。きっとうまくいくにちがいない。さっそくやってみよ」
さて、ことは計画どおりにすすみ、したたか酒をのまされ酔いつぶれた男は、とても美しい音楽に目をさましました。あたりを見わたすと、人間の世界とは思えない華やかなところです。そこへ美しい女たちがきれいな衣を着て男のそばへよってきました。
「お目ざめですか。ねぇ、あなたは人間のとき王さまのお城の塔から宝の珠を盗んだことがあるでしょう。 その珠の力によって、あなたはこの天上の世界に生まれたのよ」
「うむ、ここは天上の世界なのか……」
「そうなのよ。とても楽しい世界なのよ。それにね、宝の珠をもっていると、もっともっと楽しくなるのよ。だから、私たちにも一度その珠を見せてくださいな……」
と、たくみに甘いことばでささやきました。美しい天女たちにかこまれた男は、
「よし見せてやろう」
と思わずいいかけて、ふと気づき、
「まてよ。 うっかりしゃべると、あとがたいへんかもしれないぞ……?」
と、口をつぐんでニヤニヤしていました。
女たちはこのときのがしてはと、
「ね、はやく見せてくださいな、ねえ」
としきりにせまってきます。
男はこまりました。そのときふと頭にうかんだのは、かつて開いたお経の話しでした。よしこの女たちはほんとに天女なのかためしてやろうと、自分によりかかっている人たちの目をジーと見つめました。
「まあ、気もちが悪い……」
といいながら、しきりにパチパチとまばたきをしました。 このはやいまばたきを見とどけた男はニヤリと笑い
「ははあ、女たちは天女ではない人間だ。ひょっとすると自分をだまして白状させようとしているにちがいない」
と、ますます口をかたくとじて、とうとうさいごまで白状しませんでした。
こまりはてた王さまと大臣は、つぎの計画をたてました。それは……
いったんゆるされた男は、こんどは王さまに召しかかえられ、お城の宝ものの番人になりました。
それからしばらくたって王さまは、
「おまえが宝の番をするようになってからは、なに一つなくならず、私は満足に思うているぞ」
と、やさしくことばをかけました。男はほめられて、とてもいい気分になりました。
「じつはな お城の塔にかざってあった宝の珠が、いつのまにかなくなってしまった。 あれはおまえがどうかしたのではないか」
と、それとなくたずねました。 愚かな男は王さまから信用されていると思い、すっかり気をゆるし白状してしまいました。 王さまはほっと胸をなでおろしてたずねました。
「おまえがやったことなのに、どうして前のときに白状しなかったのか…?」
男は、天女のまばたきはとてもおそく、人間ははやいと聞いたことを話しました。王さまはとても感心され宝の珠も無事にかえってきたので、その罪をとくにおゆるしになりました。 それからすこし知恵のたりない男はたりないままに、 盗みをやめてまじめにはたらくようになりました。
蒔かれた種は、いつかかならず芽をだすものですね。