むかし、おじいさんとおばあさんがいました。二人はいつも寄り添い、静かに暮らしていました。 おじいさんの仕事は森にはいって、細い木を倒し、みじかく切ってそれを束ねて街へ売りにいきます。 わずかなお金を手にして、それでもおばあさんは不足をいわず、おじいさんを支えて仲よく暮らしています。
そのおばあさんが、ふとしたことから病にかかり、あっというまに亡くなってしまいました。おじいさんの悲しみは、たとえようもありません。しばらくは、ただ呆然として仕事をする気にもならず、森にはいることもなく、幾日か過ぎてしまいました。
ひとりぼっちになったおじいさんは、もう頼るひとはだれもいません。やがて、気をとりなおしたおじいさんは、斧をかついで森にはいっていきました。
ある日のこと、森の中で斧をふって木を倒していると、どうしたはずみかの斧の柄が折れてしまいました。困ったおじいさんは新しいのはとても買えないので、街の古道具屋さんで柄だけを求め、斧にすげかえて今日も森にでかけました。
ところがこの柄はとても珍しい木で、とてもよい香りがするのです。そのため、この木を欲しがる人があり、おじいさんは毎日少しづつ削ってはわずかな食べものととりかえていました。
たまたまその頃、この街をおとずれた商人がいました。ある日のこと、この話しを聞いて、さっそくおじいさんをたずね、斧の柄を見せてもらいました。 はたして、その柄は世にも珍しいまれな香木であることがわかりました。
商人はぜひともこの香木を買いうけようと、
「おじいさん、その斧を私に売ってくれないか」
「めっそうな。 これは私の命の親ですから」
とことわりました。 商人は
「それでは絹を百疋あげるから、それでゆずってもらえないだろうか……」
(一疋は、およそ大人の着物二枚分といわれています。まして絹は高価なものです)
しかし、おじいさんは
「どんなにたくさん頂いても、手ばなすことはできません」
と、でも商人もあきらめません。
「三百疋でぜひ……」
とつめよりました。するとおじいさんは、はらはらと泣きはじめました。商人は三百疋ではまだ不足で泣くのだろうと思い、
「それでは五百疋をさしあげるが、それでどうだろう」
といいました。
それを聞いたおじいさんは、たまらぬように大声をあげて泣きくずれました。 商人はなにがなんだかわけがわからず、困ってしまいました。おじいさんは涙をぬぐいながら、
「私は絹が少ないからと、それを不満に思っているのではありません。じつは、この斧の柄は一尺五寸(約四十五センチ)ほどもあったのです。けれども私は愚かもので、そんなに値打ちのあるものとはしらず、毎日少しづつ削っては売り、 いまでは五寸(約十五センチ)にも足らぬようになってしまいました……」
「うむ……」
「……ですから生活のためとはいえ、わずかのお金で切り売りしたことが、はずかしくてなりません。 物の値打ちをしらぬとはこのことかと思えば、われながら情けなくて泣かずにおれないのです」
と、肩をすぼめて涙をボトボトと落すのでした。
生活に疲れたおじいさんのようすと、その正直さに心をうたれた商人は、
「それはほんとうに惜しいことだった。しかし今となっては悔やんでみても仕方のないことだ。だが気の毒だからそれでは千疋で買おう」
といって、おじいさんに千疋の絹をあたえました。やがて商人は受けとった斧に火をつけて燃やしたところ、あら不思議、燃えたはずの斧はもとどおりになり、あたり一面になんともいえない香りをただよわせました。
世の中にも、自分の値打ちに気のつかない人がたくさんいますね。