ここはインド、マツラ国の城下はずれに両親と一人の少年が住んでいました。お父さんはお役人で、お母さんはとても美しくやさしい人でした。 少年は生まれたときからとても可愛がられて育ちました。とくにお母さんに支えられてよく勉強をして、両親には心配などかけたことのない、とてもよい子でした。
その少年がある日のこと、一人で街へでかけました。いつもお母さんといっしょなので少し不安でしたが、なんとなく浮きうきして心がはずんでいました。街には公園がありました。 みれば子どもたちが泥んこになって遊んでいます。少年は木の根っこに腰をおろして見ていると、いままでに経験したことのない感情がわいてくるのをおぼえました。
少年はお母さんとの結びつきがとても強く、自分の意見や考えでものごとを決めたことがありません。いつもお母さんに相談して決めてもらうのです。そのかわり決められたことはかならずまもる、とてもよい子だったのです。
少年は立ちあがって、子どもたちの仲間にいれてもらいました。いままで泥んこ遊びなんてしたことがないので、少しとまどいましたが、やがて時をわすれ泥んこだらけになって遊びました。少年ははじめて自分で行動を起こしたのです。
気がつけば、お日さまは西の空を赤くそめながらかたむいています。またの日を約束した少年は、子どもたちとわかれ「きっと、お母さんは心配しているだろうなあ。こんどは一人で外に出してくれないかもしれないぞ」と思いながら家にいそぎました。それほどお母さんは大事にしてくれるのです。少年はお母さんから離れたくない心と、いつのまにか芽ばえはじめた自立の心とがもつれて、いそぐ足もだんだんと重くなり、とうとう立ちどまりかがみこんでしまいました。
ふと気がつけば、もうあたりは暗く灯りひとつ見えず、すこし向こうに一軒の空家が目にはいりました。そのとき、少年の瞼に心配しているお母さんの顔がうかび、早くかえろうとするのですが、しらぬうちに空家にはいり、そこで一夜を明かすことにしました。少年にとってはじめての大冒険です。部屋のすみで横になった少年は、遊びつかれたのか、やがて深い眠りにつきました。
どのくらいたったのか、あらあらしい物おとに目をさませば、一匹の鬼が死人をかついではいってきました。ドサッとそこへおろすと、あとからもう一匹の鬼がきて、死人のとりあいとなり、けんかをはじめました。
「この死人は、おれがかついできたんだ。だからおれのものだ」
というと、あとからきた鬼は、
「なに、馬鹿をいえ。これはおれのものだ」
と、とっくみあいになりましたが、どちらも強く勝負がつきません。やがて、部屋のすみでふるえながら見ている少年をみつけました。少年はもう生きた心地がありません。けんかをやめた鬼たちはそばにやってきて
「おい、いったいだれがこの死人をかついできたのか、おまえ見ていただろう。さあどっちだ」
鬼たちは目をいからしてたずねました。少年は考えました。
“もし本当のことをいえばあとからきた鬼はかならず自分を殺すだろう。またウソをいえば、はじめの鬼がおこって自分を殺すにちがいない。どちらにしても殺されるのであれば、ウソをつかず本当のことをいおう”と決めました。
「それは、はじめの人がもってきたのだ」
と、それを聞いたあとの鬼は顔をまっ赤にしていきどおり、少年の腕を引きぬいて床に投げつけました。 それをみて同情したはじめの鬼は、死人の腕をぬいて代わりにつけてくれました。こんどは足を引きぬかれました。するとまた、死人の足をぬいてつけてくれました。このようにして少年と死人の身体がすっかりいれかわってしまいました。 二匹の鬼は引きぬいた肉を食べ、お腹をいっぱいにしてそとへでていきました。
おどろいたのは少年です。いまここに生きている自分は、いったい本当の自分なのか、死人なのかと考えだすとわけがわからなくなり、おもわず「わあっ」と声をあ げると、その声で目がさめました。
ブルッと身ぶるいをした少年は、あらためて自分の手と足をみつめました。 心地よい力が手と足の先までみなぎっているような気がします。夜はすっかり明けて新し い生命が誕生したかのように、お日さまがさわやかに少年の足もとを照らしています。
両手をあげ 「ウーン」と背のびをした少年の目は輝い ていました。
これからは自分のこの手でこの足で、 未来に向けて歩いていくことでしょう。