ガンジス河のほとりに、とても美しい毛なみと、雪のように白い角をもった鹿が一ぴき棲んでいました。
この鹿は、一羽のカラスと兄弟のように仲よく、朝日がのぼりはじめると、きまったように水浴びをするのです。それが一 日のはじまりです。 ある日の朝、こ の河に溺れ、浮いたり沈んだりして流されているひとりの男を助けました。 男は、
「ああ、……おかげで命びろいをいたしました。ご恩返しに私を召使いにしてください。 どのようなご用でもいたします」
「いや、そんなことはご無用にしてください。さあ、これでお別れいたしましょう」
と。そして、私への気持ちがあるのなら、私がここに棲んでいることを、だれにも言わないでほしい、もし私のいることがわかれば、この毛皮や角をもとめにきて、私は殺されてしまいますからと言いました。男は固く約束をして、幾度も礼を言って立ち去っていきました。
その頃、国王の夫人が雪のように白い角をもち、美しい毛なみをした鹿の夢を見ました。それからというものは、その角と毛皮が欲しくなり、病気だといって寝込んでしまいました。 王は心配してどうしたのかとたずねました。夫人は夢の話をして、
「その毛皮はとても美しく、その角は雪のように白いのです。 私はその毛皮で敷物を作り、その角は飾りものにしたいのです。どうか私のために探してください。そうでないと、私は死んでしまいます」
と。やさしくて気のいい王は、私も一国の王だ、きっと探してやるからと約束をしました。王は、さっそく国中に布令をだしました。それは鹿を捕らえた者には、金の器に銀の粒を、 銀の器には金の粒を山盛りにしたものを与えるという、大変なごほうびです。
これを聞いた先の男は、鹿に助けられた恩をすっかり忘 れて、王に鹿の棲みかを教えてしまいました。そのとき、なぜか男の顔に一点の吹き出もの ができました。喜んだ王は大勢の兵隊を率いてガンジス河のほとりを幾重にもとりかこみ ました。
これを見た仲良しのカラスは、
「兄弟、大変だ、大変だ、早く逃げろ。王がお前を捕らえにきたぞ」
びっくりした鹿はあたりを見ると、も逃げられそうにもありません。
鹿は覚悟をきめて王の前にすすんでいきま した。兵隊たちは、いまだとばかりに弓に矢をつがえて、いまにも射ようとしました。王は、
「まあまて。このはふつうの鹿ではなさそうだ。射るのはまて」
と、兵隊たちを止めました。 上の前にきて言いました。
「私は、王に恩をほどこしたことがあります」
「うん??どういう恩をほどこしたのか」
「私は、王の国の人の命を救ってあげたことがございます」
と言って、王にたずねました。
「私がここに棲んでいることをだれに聞きましたか」
王は指をさして
「あの顔に吹き出ものができている。 あの男から聞いたのだ」
「私が救ってあげたのはあの人です。 河に溺れて死ぬところだったのです」
と、いままでのいきさつを話しました。 そして
「なんて人間は不実なんでしょう」
と、涙を流しました。 王はそれを聞いていました。 「お前は、なんて恩知らずだ。 思を怨で返す とはこのことだ」
と、国から追放してしまいました。
「これからは、鹿を捕らえた者は罰として この国から追放し、殺した者は死刑にする」
と王は、国中に布令をだしました。
その後の話。鹿とカラスは、いままでのように仲よく平和に暮らしています。王は夫人に頭があがらなくなり、追放された男は、顔中に吹き出ものがひろがり、人と顔を合わすことができず、人里はなれてひとり淋しく暮らしているとのことです。