お知らせ

ウソ

ある国に、香りの高い果実を好むひとりの 太子がいました。お城の中の庭園には、いろいろな香りの果実がなる多くの木が植えられ ています。その庭の番人は、毎日ちがった香りのする果実を、太子の食膳にそえるのです。太子は食事をしたあと、食べるのをとても楽しみにしています。

この庭園の中に、一本の大きな樹がありました。その樹の上に、いつの間にか鳥が巣をこしらえて小鳥たちを育てています。

ある日のこと、親鳥がいつものように、遠くの山から木の実をとってきて、小鳥たちに与えています。ところが、小鳥たちがその実をとりあっているうちに、樹の下に落してしまいました。

つぎの朝早く、番人はいつものように庭園にやってきました。ところが、なんともいえない香りが漂ってきます。はてな?と、香りのあとを辿っていくうちに、大きな樹の下に一つの果実が落ちています。手にとりあげて見ると、その香りといい、色つやといい、いままで見たことのない珍しい果実でした。さ っそく太子に献上しました。

それを食べた太子は。うむ……と言ったきり、しばらく言葉がでませんでした。そ れほど香りといい、味といい、ほかに喩えよ うがなかったのです。太子は、

「番人よ、この果実の香りと味はとても素 晴らしい。毎日食べたい。よいな、わかっ たな」

「ちょっと、おまちください。この果実は庭園の木のものではありません。どうして あの大樹の下にあったのか、それさえわかりません……。せっかくのご命令ですが、 これだけはどうにも、いたしようがございません」

と、番人はおそるおそる太子の顔を見あげながら答えました。その味に魅せられた太子はあきらめきれず、とうとう何も食べなくな りました。心配した父の大王は、

「番人よ、これは予の命であるぞ。一日も早くあの果実を見つけてまいれ」

と、大王から厳命をうけました。背くとどんな罰をうけるか知れません。番人は、途方にくれ、しょんぼりと大樹の下にやってきま した。いくら思ってみても、この庭園にそんな果実のなる木のあるはずがありません。天を仰ぎ「ハァー」と長く大きなため息をつきました。そのとき、繁った枝のあいだに鳥の巣を見つけました。しばらく見ていると、口に木の実をくわえた親鳥が飛んできて、巣の中の小鳥たちに与えています。

番人は、「ハッ」 と気がつき、心の踊るのをおぼえました。

しかし、小鳥の餌を横どりすることは悪いこ とです。でも、その果実をとらないと、どんな罰をうけるかわかりません。すっかり考え込んだ番人は、「背にはかえられぬ」と、その日から、枝の繁みに身をひそめ親鳥の帰りを待つことにしました。そして、なんの苦もなく手にいれた果実を、大王に献上した のです。太子はとても喜んで元気をとりもど し、お城のなかは春のような気分が充ちたの でした。

それからの番人は、毎日のように大樹の繁みに身をひそめて、親鳥の運ぶ果実を奪っていました。許せないのは鳥の親子です。でも、鳥と人間の喧嘩では歯がたたず、ふつうの手段では勝つことはできません。そこで一つの策を考えたのです。

ある日、横どりされることを承知のうえで、いつもの山から毒の果実をさがしてきたのです。この果実は、その香りといい、その味も色つやも、いつもの果実と少しも変わりがないのです。それとは知らない番人は、まんまと奪って太子の食膳にだしました。太子もまた、いつものように舌づつみをうって食べました。

ところがしばらくして、太子のお腹がグルグルと鳴りだし、あわてて便所に駆けこみました。用を足した太子の額は冷や汗でいっぱいです。それが、三日三晩つづいたため、太子はゲッソリと痩せてしまいました。それを知った番人はいつの間にか城を抜けだし、いずこともわからず姿を消してしまいました。

親鳥は、今日も遠い山へ、香りの高い果実 を採りにでかけています。小鳥たちは五月の空を見あげてその帰りを待っています。