鬼子母(きしぼ)、守護神となる
これは、はるか昔のお話。
世の中には魑魅魍魎(ちみもうりょう)や、もののけたちが走り回っておりました。そんな時代のある国に、鬼子母神(きしぼじん)という名の、荒ぶる鬼女がおりました。
鬼子母神には、驚くなかれ、五百人もの娘がおりました。そのうちの上から十人を、十羅刹女(じゅうらせちにょ)といいました。
「さて今宵はどんな子どもを捕らえることができようか」
鬼子母神は夜な夜な村人を襲い、罪なき人の子をつかまえて殺し、五百人の娘とともに喰らうのでありました。 恐ろしさに堪えかねた村人たちは、そろって仏さまのもとへ訴えでたのです。
仏さまは村人の思いを察し、一計を案じました。
不思議な超能力をつかって、鬼子母神のいちばん下の子どもを、こっそり隠してしまいました。
鬼子母神は狂ったように探しまわります。しかし、どこにも見当たりません。万策尽き果てた鬼の母は、 とうとう仏さまのもとへ泣きついてきたのです。
「鬼子母神よ、そなたには五百人もの娘がある。一人くらいいなくても、そんなに騒ぐことはあるまい」
「世尊よ、とんでもございません。我が身が削られる思いです。どうか我が子を見つけてくださいませ」
「鬼子母神よ、そなたのしたことを思い返してみるがよい。そなたは、わずかなきょうだいの一人を捕って喰い、たった一人の子を奪って娘に与えたではないか。人の親の悲しみをなんとする」
仏さまに論された鬼子母神は、己の罪深さを知りました。そして、
「世尊よ、これより後は我ら、みな法華経の行者をお守りする守護神となりましょう。しかし、我らはこれから、何を食事とすればよいやら・・・」
「うむ。そなたたちには法食を与えよう。そなたたちの守護する法華経の行者が功徳を積むたびに、その法味がそなたたちの糧となることであろう」
それ以来、鬼子母・十羅利女は、一度も誓いを破ったことはないといいます。