ずっとむかしのインドのお話です。
ある者のむすこが、山狩りをして強そうな大きな象をとらえました。これをおかかえの調教師にあずけて訓練させました。まもなく、調教師が、象をつれてきて、
「若だんな、もうええだ。しっかりしこみましただ。こいつは、頭がええで、ようくおぼえただョ」
というので、むすこはよろこんで、調教師にお礼のお金をあげて、さっそく象に乗ってみることにしました。
なるほど、捕らえたときのあらあらしさは、すっかりかげをひそめていました。おとなしく鼻を使って、主人であるむすこをせなかの上に乗せ、命令するままに、そのあたりをのっしのっし歩きまわり、とても乗りご こちがよい。 むすこは、ごきげんでホーイホーイとかけ声をかけながら、そのまま裏の森にでかけました。
しばらく行くと、象はとつぜん立ちどまり、長いを天たかくしあげて「ウォー」 とさけびました。 そして、つぎにとつぜん、山のような体をゆすって、どんどん走りだしたのです。
「まて!こら、おいやめろ!やめんか」
おどろいたむすこは、いっしょうけんめいに止めようとしましたが、だめでした。なにしろこの象は、前の方の森のなかに、すてきなメスの象がいるのに気がついて、 早くそばに行きたくなったのです。草木をふみしだき、地ひびきをたてて走る象のせなかから、ほおり出されたむすこは、気を失ってしまいました。
気がついて目をあけると、わが家の部屋に寝かされていました。
「やっと気がつきましたかい」
調教師が言いました。
「うん。あいたた……」
「若だんな、しばらくそっと動かずにおりなせえ。べつにケガはねえだから、じきによくなりますだョ」
「おい、こら!あのざまはなんだ。象をよくおしえてあるなどと、わたしをだましおって……」
「いやぁ、だましなどしねぇ。象はよくしこんであった。あれはおいらのせいではねえです」
「なんだと!うるさい、あやまれ!」
「あやまらねえ」
「こいつめが、 あいたたた……」
「動いてはだめだってばー若だんな、あれは災難ってもんでさ。おいらにはどうしようもねかっただ」
「ひどい目にあわせておいて、よくもそんなことを。 親父にいいつけてやるからな」
腹をたてたむすこは、父の長者にいいつけました。
「あの象使いは強情なやつで、あやまりもしません。あやまれば、ゆるしてやろうというのに、象のせいにするんです」
父の長者はいいました。
「おまえにはあやまらなんだかもしれんが、わしには、ひらあやまりにあやまとったぞ。あまり、あやまるので、かわいそうじゃったから、わしは、いや、おまえの責任ではないといってやった。あれはガンコ者じゃが、根は正直な 善良な男じゃ」
「でも、こんどのことは、あいつの責任でしょう。それにお父さんにあやまるくらいなら、なぜわたしにあやまらないんですか。 わたしにだって一言くらいあやまったらいいのに。なぜ一言もいわないのですか」
「いやいや、ほんとうはあれの責任ではない。調教師が教えられることは、ほんのうわべの芸だけて、心のなかまで調教できるわけがないのじゃ。おまえが、あれをあやまらせようとしても、あれの心までは調教できないのとおなじことョ。あのがんこ者が、わしにていねいにあやまったのは、わしが、ふだんから仏さまの教えをいただいて、ものごとをいくらか公正にみることができると思ったからじゃろう。心を調教する調教師は、仏さまのほかにはいないのだよ。おまえが、あの調教師にゆだねたように、わしも野性の象を仏さまにお願いして調教していただかねばなるまいのう」
やがて、このむすこもりっぱに長者のあとつぎになることでしょう。
※調教師…動物をならして芸や仕事などをしこむ人のこと