貧しい村のはずれに、小さな小屋がたっています。 なかからでてきた一人の少年がうつろな目をして、ぼんやりと空のかなたをみつめています。そばには妹が不審そうに兄をみあげています。空には薄い雲がときどきお日さまをかくしながら、ゆっくりと流れていきます。少年は村では評判の働きもので、年老いた頑固なおじいさんと、小さな妹を養っているのです。
この少年が安らぐのは、眠りのなかでみる夢だけなのです。 夢はかぎりなく広がり自由な世界だからです。
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ここはお釈迦さまの国の都、カピラバーストーです。 ある日のこと、少年バルダーはおじいさんから、ここから西北にあたるコーサラ国の都シュラーバスティーに、自分とそっくりの、名前も性質もおなじバルダーという少年がいるということを聞きました。
そんなことがあるのだろうかと、付け人の少女に話しながら考えだしました。 …そのうちに、とろとろと眠ってしまいました。
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気がつくと、バルダーはシュラーバスティーの都、大きな屋敷の庭園のなかを、足の向くままに歩いています。 やがて石段がありのぼると玄関です。いくつかの部屋をとおりすぎ、話し声のする部屋のまえに立ちどまりました。なかから少年と少女の声がします。
「ぼくは、おじいさんから聞いたんだが、カピラバーストーという都に、ぼくとそっ くりの少年がいて、性格も同じなんだって。こんなことって本当にあるのだろうか、とても信じられないよ」
「本当に不思議ね。でもおじいさんがウソをつくはずがないでしょう」
「そうなんだ。ぼくもはじめは本当とは思えなかったけれど、じつは君がここへ入ってくるまえにぼくは夢をみたんだ」
「どんな夢?話して」
「ぼくは、カピラバーストーの広い庭園のなかを歩いていたんだ。とちゅうできれいなお姉さんたちに出あったが、みんなぼくを子どもあつかいして、だれもかまってくれないんだよ。やっとの思いで目ざす部屋をさがしあて、なかにはいれば、あいにくバルター君は眠っていて、魂はどこへいったのか、もぬけのからなんだ…」
部屋の外でそれを聞いたバルダーは、はっとして部屋のなかにはいり、
「あなたがバルダー君ですか? ぼくは君をたずねてここまできたんですよ」
すると部屋のなかにいた少年は、
「やっ、あなたがバルダー君ですか?これは夢じゃないでしょうね?」
「夢じゃありませんよ。 本当の本当ですよ」
思わず二 人は抱きあいました。そばには女の子がキョトンとしています。
しばらくすると、どこからかバルダーを呼ぶ声がします。
「バルダー君、ちょっと待っていてください。すぐもどりますから」
「ああ、いいですよバルダー君」
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付け人の少女は、バルダーが眠りながら自分の名前を呼んでいるのでおかしく思い、ゆり起こしながらたずねました。
「バルダーさま、どこへいらっしゃったんですの?」
バルダーは、目は覚めていましたが、気もちはまだ夢のなかでした。そして入口のほうを指さして
「バルダー君は、たったいまそこから出ていかれたよ…」
少女はけげんそうな顔をして、じっとバルダーを見つめました。やがて、ようやく目醒めたバルダーは、
「ぼくはとても変な夢をみたよ」
「どんな夢? 話してくださいな」
「ぼくがね、広い庭園のなかを歩いていると、とちゅうでとてもきれいなお姉さんたちに出あうんだ。でも、みんなぼくを子どもあつかいにして、だれも相手にしてくれないんだ。 やっと石段のある玄関にたどりついて…」
小屋から出てきた少年が、うつろな目をして空をみつめています。 よこには 心配そうに妹がじっとみあげています。
「ねっ、おにいちゃん、どうかしたの?」
われにかえった少年は、まぶしそうにまばたきをしました。どうやら正気をとりもどしました。 空を見あげるとすっかり薄雲がなくなり、青い空がいっぱいに広がっていました。